「100日後に死ぬワニ」と『源氏物語』

雑談ですが。

●「100日後に死ぬワニ」と『源氏物語』

 

漫画家でイラストレーターのきくちゆうき氏による4コマ漫画「100日後に死ぬワニ」ですが、先日100回目最終回を迎えました。

ご覧になりましたか?

以下、ヤフーニュースからの転載です。

最終回の100日目は、4コマではなく3日分超の13コマで描かれた。
その中で、車道を歩いていたヒヨコを歩道に押し出すワニの手が描かれ、
その後、ヒヨコが歩道に落ちたワニのものと見られるスマートフォンを
見つけた。そして最後の1コマは桜吹雪が舞うシーンで終わっている。
ワニは、ヒヨコを交通事故から救い、自らひかれて亡くなったとみられる。

タイトル通りワニは100日目に死んでしまいました。
しかしその描写はありません。
暗示するだけです。

これは1000年前の作品『源氏物語』と同じですね。
『源氏物語』でも主人公光源氏の死は直接には描かれていません。

『源氏物語』は全部で54帖からなる作品ですが、光源氏が亡くなる巻は「幻」の
巻といって、タイトルだけがあって本文がないのです。

そして、その次の巻を読むと、そこには光源氏亡き後の世界が描かれ、それで
読者は光源氏の死を知るという仕組みになっています。

つまり、日本には「直接に描かない」という文化があるのですね。
世阿弥の言葉に「秘すれば花」というのがあります。

ヒントだけが示され、そこから答えを類推しないといけないのです。
それは名探偵コナンと同じだということを私の2冊目の本に書いたことが
ありました。
事件を解決するための点と点をむすびつけて線にしなければいけません。

国語の読解もそれと同じですよね。
本文にはっきりとは書いてくれていません。

すべて本文で説明してしまったら面白みはゼロになってしまいます。
落語で「今のオチはこういうことでした」と説明するようなものです。

だから国語でもいつまでも本文に答えを求め、そこのことばを抜き出して、
本文に答えさせようとしていてはだめですよ。

本文に書かれているヒントからたぶんこういうことだろうなと類推することが
大切です。

その「類推」は違っていてもかまいません。
上のヤフーニュースでも「自らひかれて亡くなったとみられる。」とあるでしょ?
「・・・みられる」と推測しています。

また、この「自ら」というのは「自身は」という意味だったらわかりやすいので
すが、「自死」を意味しているのだったら、それは違っているのかもしれません。

ちがっていてもいいのです。
とにかくこのように類推することが大切なのです。

ちなみに「100日後に死ぬワニ」の100回目4コマめに「迎えに行くわ」という
セリフがありますが、これは漢字が違っているとわかりますか?

「100日後に死ぬワニ」の100回目4コマめを見て確かめてみてください。